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京都地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決

京都市南区東九条中御霊町七三番地

原告

小寺喜一

右訴訟代理人弁護士

小川達雄

高田良爾

同市下京区間之町五条下る大津町八

被告

下京税務署長

川勝敦美

右指定代理人

細井淳久

宇野一功

信田尚志

谷川利明

曽根健次

田中猛司

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年三月二八日付でした原告の昭和五六年分所得税の更正処分のうち総所得金額二四五万二、二三三円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

2  被告が昭和五九年四月五日付でした原告の昭和五七年分所得税の更正処分のうち総所得金額二五六万二、三一八円を超える部分を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住所地において酒類販売業を営む者であるが、被告に対し、昭和五六年分及び昭和五七年分(以下、本件係争各年分という)の確定申告をした。

被告は原告に対し、昭和五九年三月二八日付で昭和五六年分について更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をし、同年四月五日付で昭和五七年分について更正処分をした(以下、本件各処分という)。

原告は、本件各処分について異議申立及び審査請求をした。

以上の課税の経過とその内容は別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件各処分は次のとおり違法であり、取消されるべきである。

(一) 被告は、税務調査を行うに際し、事前通知をせず、調査理由の開示に応じず、原告が健康上の理由から調査の延期を求めたのを無視して一方的に推計に基づく本件各処分を行い、ことに昭和五七年分については一旦昭和五九年三月二八日付で更正処分をしながら、同年四月三日これを取消し、更に同月五日更正処分(本件処分)をするなど違法な手続で本件各処分をした。また、原告は本件税務調査の時点では本件係争各年分の売上金額等を実額で認定することができる資料を有していたから、右推計の必要性はなかつた。

(二) 本件各処分は原告の所得金額を過大に認定している。

よつて、原告は、本件各処分のうち、確定申告による総所得金額を超える部分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、昭和五七年分についての更正処分の経過は認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分に至る経過

(一) 原告が提出した本件係争各年分の確定申告書は、いずれも事業専従者控除額及び所得金額が記載されているのみであり、所得金額の計算の基礎である収入金額及び必要経費の記載を欠く極めて不十分なものであつたので、被告は、右記載された所得金額が適正なものかどうかを確認するために、部下職員に原告の所得税調査にあたらせた。

(二) 右部下職員である調査担当者は、昭和五八年一一月二日原告の事業所に臨場し、原告に対し、「原告の本件係争各年分の所得金額が適正なものかどうか確認するため税務調査を実施したい」旨伝えたところ、原告は「後日にしてほしい」旨申立てたので、次の調査日を同月一一日と約束した。その際、原告が記帳状況について「売掛帳は一部記帳しているが、現金売りは記帳していない、仕入伝票は保存しているが、経費の領収書等は一部しか保存していない」などと説明したので、保存している帳簿書類を次の調査日までに取揃えておくよう依頼した。

調査担当者は同月一一日原告の事業所に臨場したところ、原告が「今日は忙しい、書類も揃つていないので後日にしてほしい」旨申立てたので、調査に応じるよう説得したが、原告はこれに応じなかつた。

次に、調査担当者は、予め約束した同月二一日に原告の事業所に臨場し、帳簿書類の提示を求めたが、原告はこれを拒否した。

その後、調査担当者は、同年一二月一四日から昭和五九年二月二〇日までの間前後五回にわたり原告の事業所に臨場し、調査に協力するよう要請したが、原告は終始一貫して調査に協力しないし、帳簿書類も提示しなかつた。

(三) そこで、被告は、原告の取引先等を調査した結果に基づいて本件各処分をしたのであつて、本件各処分には何ら手続的違法はない。

(四) なお、原告は、被告が昭和五七年分について一旦昭和五九年三月二八日付で更正処分をしながら、同年四月三日これを取消し、更に同月五日更正処分(本件処分)をしたのは違法であると主張するが、当初の更正処分には計算の誤りがあつたので、被告はこれを取消し、その是正をした本件処分をしたにすぎないものであり、本件処分には何らの違法もない。

2  原告の総所得金額

原告の本件係争各年分の事業所得金額及びその算定根拠は別表2記載のとおりであり、その詳細は次のとおりである。

(一) 売上金額

売上金額は(二)の売上原価を(三)の原価率を除して各年分ごとに算出した。

(二) 売上原価

被告が把握しえた原告の本件係争各年分の仕入金額の合計額であり、その明細は別表3記載のとおりである。なお、原告のたな卸高は不明であるが、本件係争各年分を通じて事業の内容、規模に著しい変動があつたとは認められないので、本件係争各年分の期首、期末のたな卸高を同額であると認定し、本件係争各年分ともそれぞれの年分の仕入金額を売上原価とした。

(三) 原価率

別表4の1、2記載の同業者七件の本件係争各年分ごとの原価率(売上原価の売上金額に対する割合)の平均値である。

(四) 一般経費

前示(一)の売上金額に次の(五)の一般経費率を乗じて算出した。

(五) 一般経費率

別表4の1、2記載の同業者七件の本件係争各年分ごとの一般経費率の平均値である。

(六) 特別経費

原告が京都中央信用金庫十条支店に支払つた利子割引料である。

(七) 事業専従者控除額

原告の本件係争各年分の確定申告の額である。

(八) 事業所得金額

前示(一)の売上金額から(二)の売上原価、(四)の一般経費、(六)の特別経費及び(七)の事業専従者控除額を差引いて計算した。

よつて、本件各処分は原告の所得金額を過大に認定した違法はなく適法である。

3  推計の合理性

被告は、原告の納税地である下京税務署管内の同業者から、本件係争各年分で次の条件に該当する者を選んだところ、別表4の1、2記載のとおり七名であつた。

(一) 酒類販売業を営んでいること。

(二) 他の事業を兼業していないこと。

(三) 青色申告納税者であること。

(四) 年間の売上原価が二〇〇〇万円から六四〇〇万円までの範囲内であること(なお、右売上原価の範囲は、事業規模の類似性を担保するため、被告主張の売上原価を基準として、上限を昭和五七年分の約一・五倍、下限を昭和五六年分の約二分の一とした)。

(五) 年間を通じ事業を継続して営んでいること。

(六) 事業所が下京税務署管内にあること。

(七) 事業専従者数が一名であり、他に雇人がいないこと。

(八) 不服申立または訴訟が係属中でないこと。

右により選定された同業者は、業種、業態、事業所の所在地、事業規模等において原告の事業と類似性を有し、青色申告者であるからその数値は正確であり、同業者の選定は右の条件に該当する者のすべてを抽出したもので恣意の介在する余地がない。したがつて、右同業者から同業者率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

(一) 原告が提出した本件係争各年分の確定申告書に収入金額及び必要経費の記載がないことは認めるが、右記載は申告の適法要件ではなく、この記載のないことを契機にして始めた本件税務調査は不当であり、違法というほかはない。

(二) 被告の部下職員である調査担当者は、全く事前連絡もなく、昭和五八年一一月二日昼過ぎ頃、原告の事業所を訪れたが、原告は、注文取りや配達のため外回りが常であり、このときも昼食をすませて外出間際であつたため、調査担当者に再度出直してもらうよう要望し、来訪日を同月一一日と約束した。その際、同人の質問に応じて、原告は、売掛帳は全部記帳していること、仕入伝票も全部保存していること及び経費の領収書も保存していることを述べた。原告は、現金売りは記帳していないとか、経費の領収書は一部しか保存していないとかは言つていない。

(三) 原告は、同月一一日調査担当者の来訪を受けた際、入会している京都府南民主商工会(以下、民商という)の事務局員に立会を求めたうえで、昭和五五年に税務調査を受けた際には調査理由の説明を受け、修正に応じたこと、それ以来この三年間営業上取り立てた変化はなく、自らの申告も適正なはずであるから問題点を具体的に指摘してもらえれば積極的に調査に応ずるつもりであることを述べ、調査理由の説明を求めたが、調査担当者は、「理由を言う必要はない、とにかく帳簿を見せろ」とかたくなにこれに応えようとしなかつた。原告が「今日は忙しい、書類も揃つていないので後日にしてほしい」と言つたとか、調査担当者が調査に応じるよう説得したとかの事実はなく、次の調査日を同月二一日と約束した事実もない。

(四) 同月二一日調査担当者が突然来訪したが、原告は外回りのため不在であつたし、その後、調査担当者は、同年末から昭和五九年二月中旬にかけて数回来訪したようであるが、いずれも約束も事前連絡もなかつたため原告は外回りで不在であつた。被告はあたかも原告に直接面接して調査に協力するよう要請したかのように主張をするが、このような事実はない。なお、右数回のうち一度原告が座骨神経痛のため奥の部屋で寝ていたところを訪問されたことはあるが、このときは調査に応じられる状態ではなかつた。

(五) 昭和五九年二月二〇日、事前の約束により調査担当者が来訪したが、このときは原告の求めに応じ、民商の事務局員二名が立会つた。このときも調査担当者は、調査理由の説明をせず、ただ高圧的に帳簿を見せろと繰り返すのみであつたが、原告は、調査理由の説明を求めるとともに、座骨神経痛の症状が悪く、調査には協力するがしばらく待つてほしい、必要なら診断書を提出してもよいと述べた。しかし、被告はこれを無視し、不当にも一方的に反面調査を行い、本件各処分をしたものである。

2  被告の主張2のうち、(二)、(六)及び(七)は認め、その余は争う。但し、(六)の特別経費については、被告主張のほかに次のものが存する。

(一) 原告方店舗は借家であり、本件係争各年当時の賃料月額一万一、〇〇〇円の全額を特別経費と認めるべきである。即ち、右店舗は原告の住居を兼用しているが、三〇坪に満たない平家で、日常的に酒類小売を営んでおり、これをすべて営業に供しているのが実態であるから、この全体の賃料が特別経費であるというべきである。

(二) 原告は、本件係争各年当時ライトバン、軽トラックの二台の車両を所有し、営業の用に供していたが、そのために借りていた貸ガレージ代は昭和五六年が月額一万五、〇〇〇円、昭和五七年が月額一万七、〇〇〇円であり、その全額を特別経費と認めるべきである。

(三) 原告は、亡父名義の家屋(京都市南区東九条中札ノ辻町所在)を所有し、その一階を伝票、商品、景品などを置く倉庫として使用しているから、この家屋について原告が支払つている固定資産税額は特別経費と認めるべきである。

(四) 原告は、本件係争各年当時アルバイトを雇用していた。

3  被告の主張3は争う。

五  被告の再反論

原告の特別経費についての主張(四の2)について

1  原告方店舗の家賃の支出は知らないが、仮に右支出があつたとしても、右家屋のうち約半分は原告とその家族の居住用に供されていたから右支出の二分の一は家事上の経費(所得税法四五条一項一号)である。

2  貸ガレージの賃料の支出は知らないが、仮に右支出があつたとしても、右ガレージのうち半分は事業の用に供しない自動車にかかるものであるから右支出の二分の一は家事上の経費または少くとも家事関連費である。

3  中札ノ辻町の家屋の固定資産税の支出は知らないが、仮に右支出があつたとしても、右家屋は原告の母親の居住用に供されていたから右支出は家事上の経費または少なくとも家事関連費である。

4  原告がアルバイトを雇用していたことを争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録並びに証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  原告が京都市南区東九条中御霊町七三番地において酒類販売業を営み、被告に対し本件係争各年分の確定申告をしたこと、被告が原告に対し本件各処分をしたこと、原告が本件各処分について異議申立及び審査請求をしたこと、以上の課税の経過とその内容が別表1記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二本件各処分の手続的適法性

原告は、不当、違法な税務調査手続に基づいて本件各処分がなされた旨及び推計の必要性がなかつた旨主張するので判断する。

一  まず、原告は、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書に収入金額及び必要経費の記載のないことから行なつた本件税務調査は不当であり、違法であると主張するが、右確定申告書に右記載がないことは原告の自認するところであり、右記載が申告の適法要件でないとしても、右記載がなければ所得金額の算出根拠が明らかでなく、税務署長において記載された所得金額につきそれが適正なものであるかどうかの判断に窮することも少なくないと認められるし、そもそも税務調査をいかなる場合になすべきかは、法律に特に定めるところがなく、その流動的性質と高度の技術的要請に照らし社会通念上相当と認められる範囲において課税庁の合目的的裁量にゆだねられているものというべきであつて、税務署その他の税務官署が法定の処分をなすための認定判断に必要と考えた範囲内において適宜職権による調査を行ない得るものであるから(最高裁昭四八年七月一〇日決定、訟務月報一九巻九号一二五頁、なお、後記最高裁昭五八年七月一四日判決参照)、前示本件申告の体裁内容などに照らし本件税務調査を違法不当とする原告の右主張は失当であつて、これを採用できない。

二1  次に、原告は、被告が本件税務調査を行なうに際し、事前通知をせず、調査理由の開示の要求に応じなかつたのが違法であると主張する。

2  検討するに、税務調査の実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではなく、被告の部下職員である権限ある調査担当者の合理的判断に委ねられているものと解される(最高裁昭和五四年(行ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁)。

3  証人小路治の証言及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によると、本件の調査の経過は次のとおりであつたと認められる。

(一) 被告の部下職員である調査担当者が事前の連絡なく昭和五八年一一月二日原告の店舗兼居宅(以下、原告方という)を訪れ、原告の昭和五七年分以前の所得税の調査で来た旨を告げたところ、原告は「今日は忙しい、調査を延期してほしい」旨申出たので、次回の調査日を同月一一日と約束した。その際、原告が「売掛帳は記載しているが正確には記載していない、現金売りは何も記帳していない、仕入の伝票は大体保存している、経費の領収書は一部しか保存していない」旨説明したので、調査担当者は保存している帳簿書類等を次回調査日までに取揃えておくよう依頼した。

(二) 調査担当者は同月一一日原告方を訪れたが、原告が「そんな約束していたかな、今日は忙しい、帳簿書類等も揃えていない」というので、調査に応じるよう説得したものの、応じなかつたため、次回調査日を同月二一日と約束した。

(三) 調査担当者は同月二一日原告方を訪れたところ、民商の関係者が立会を求めて退席に応じず、原告も、三年前にも税務調査を受けてその際には修正申告に応じ、その後は営業に変化がないとの理由で、今回の調査の理由を明らかにするよう強く求めたりした。調査担当者は、調査の理由を原告の昭和五七年分以前の所得内容の確認であると答え、調査に応じるよう説得したが、原告が得意先の大事なものだからそう簡単には見せられないと帳簿書類等を提示しなかつたので、取引先の調査をする旨伝え、その後右の調査を行なつた。

(四) その後、調査担当者は右取引先の調査を終え、架電などしたものの原告と連絡がとれないまま同年一二月一四日原告方を訪れたが、原告は不在であつた。調査担当者は原告の妻に同月一九日再度訪れる旨告げて辞去したが、後に原告は電話でこれを断つた。

(五) 調査担当者は、予め架電して約束した昭和五九年一月一九日に原告方を訪れ、これまでの取引先等の調査の内容と原告の申告額との差を説明して帳簿書類等を提示するよう説得したところ、原告は、帳簿書類等を提示はしなかつたが、少し考えさせてほしい旨返答した。

(六) 調査担当者は、予め架電して約束した同月二六日原告方を訪れ、帳簿書類等を提示して説明するよう説得したところ、原告は、営業の内容について一部説明をしたものの、帳簿書類等の提示はなく、少し考えさせてほしい旨申出た。

(七) 調査担当者は、予め架電して約束した同年二月一五日に原告方を訪れたところ、原告は、売掛帳か伝票の一、二枚を得意先名を隠したまま示したが、それ以上の帳簿書類等の提示はなかつた。次回の調査日を同月二〇日と約束した。

(八) 調査担当者が同月二〇日原告方を訪れたところ、民商の事務局員二名が立会を求めて退席に応じず、調査に対する抗議を続け、原告も従前の態度を翻し、「坐骨神経痛で身体の具合が悪い、診断書を出してもいい、調査は暖くなつてかまらにしようや」などと述べて帳簿書類等を提示しなかつたので、調査担当者は、調査をすることができず、調査の開始から相当な期間を経過したので原告方での調査を打ち切つた。

原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

4  以上認定した事実関係によると、たしかに最初の調査日については事前の通知がなかつたが、これで調査が打ち切られたわけではなく、その後は被告の部下職員である調査担当者はほぼ毎回のように調査期日を約束したうえで原告方を訪れているのであるから、当初の事前通知をしなかつたことが違法であつたと認めるべき特段の事情は窺えないし、調査担当者において本件調査にあたりその裁量を逸脱した違法があるともいえない。

また、調査担当者は原告に対し一応の調査理由を明らかにしているし、それ以上の個別的、具体的理由を明らかにすることまでも要請されているものとは解されないから、違法でないというべきである。

三  また、原告は、健康上の理由から調査の延期を求めたのを被告が無視した点において違法であると主張する。

しかし、所得税法二三四条一項による質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、前示のとおり社会通念上相当な限度にとどまる限り権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであるところ(前記最高裁判決参照)、右二の3で認定した事実関係に照らすと、原告が右のような理由で調査の延期を求めたのは、被告の部下職員である調査担当者が本件調査に着手してから三か月以上も経過した昭和五九年二月二〇日であり、調査担当者はそれまで六回も原告方を訪れ直接原告に対し調査に協力するよう再三説得したのに、これに応じて帳簿資料に基づいてその事業内容を十分に説明せず、当日の第三者の立会と調査に対する抗議の継続などその面接経過に照らし、調査担当者において原告が健康上の理由をあげて実質的には調査を拒否しているものと判断し、これ以上の質問検査を断念したものというべきであつて、これは当該税務職員の合理的な選択の範囲を逸脱したものとはいえないから、その後原告方における調査をしなかつたからといつて、本件各処分が違法となるものではない。

四  原告は、被告が昭和五七年分について一旦昭和五九年三月二八日付で更正処分をしながら、同年四月三日これを取消し、更に同月五日更正処分(本件処分)をしたのが違法であるとも主張する。

右のような経過については当事者間に争いがないが、証人小路治の証言によると、当初の更正処分には計算の誤りがあつたので、被告はこれを取消し、これを是正した本件処分をしたことが認められ、そうだとすれば本件処分にはこの点について何ら手続的に違法はない。

五  更に、原告は、本件では推計の必要性はなかつたと主張するけれども、前記二の3で認定した事実関係、弁論の全趣旨によると、本件調査の時点で原告が本件係争各年分の売上金額等を実額に認定することができる資料を有していたとの原告主張の事実を認めることができないし、たとえこれが認められたとしても、原告は被告の調査に協力せず、帳簿書類等を提示しなかつたのであるから、被告としては推計によつて課税するほかなく、その必要性はあつたというべきである。

六  以上、本件各処分には何らの手続的違法もない。

第三事業所得金額

一  原告の本件係争各年分の売上原価が別表2記載のとおりであり、その明細が別表3記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  同業者率

1  証人岸川信義の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四、第五号証によると、前示被告主張3の(一)ないし(八)の基準と方法によつて該当する同業者のすべてを抽出したところ、七例を得たが、これらの者の本件係争各年分の事業所得の明細は別表4の1、2記載のとおりであつたことが認められる。

2  原告が肩書住所地で酒類の小売販売業を営む者で、その本件係争各年分の売上原価が別表2記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

3  右1、2の事実によると、右1の同業者は、業種、業態、事業所の所在地、事業規模等において原告の事業と類似性を有し、青色申告者であるからその多数は正確であり、また抽出者の恣意は介入しておらず、その平均値に客観性、普遍性を認めるに足る程度に値数であると認められるから、右同業者から原価率及び一般経費率を算定し、原告の所得金額を推計することは、真実に合致する蓋然性が高く、合理性があると認めるのが相当であり、この認定を左右するに足る証拠はない。

三  以上によると、右同業者の本件係争各年分の原価率及び一般経費率の平均値は別表4の1、2記載のとおりであり、したがつて、原告の本件係争各年分の売上金額及び一般経費が別表2記載のとおりとなること、計数上明らかである。

四  特別経費

1  被告主張の別表2記載の特別経費(利子割引料)は当事者間に争いがないが、原告はこのほかにも特別経費が存すると主張する。

2  原告方店舗の家賃

原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一号証によると、原告方店舗は他からの借家で、本件係争各年当時賃料月額一万一、〇〇〇円を支払つていたが、その約半分は原告とその家族の居住の用に供されていたことが認められる。そうすると、右家賃支出のうち約二分の一は家事上の経費(所得税法四五条一項一号)であるが、その余の支出は特別経費(必要経費)というべきであるから、本件係争各年分についてそれぞれ六万六、〇〇〇円を特別経費であると認めるのが相当である。

3  貸ガレージ代

成立に争いのない乙第六号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二によると、原告は、本件係争各年当時、事業用にライトバンと軽トラックの二台の車両を所有し、そのためにガレージを借り受け、その費用として昭和五六年は年額一八万円、昭和五七年は年額二〇万四、〇〇〇円を支出したことが認められ、これによると右支出の全額をそれぞれ特別経費であると認めるのが相当である。

4  中札ノ辻町の家屋の固定資産税

前掲乙第六号証、成立に争いのない甲第四ないし第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証及び乙第七号証(後記措信しない部分を除く)。被写体が原告の母居住の建物であることに争いのない検乙第一ないし第八号証並びに原告本人尋問の結果によると、原告は、京都市南区東九条中札ノ辻町五一番一八の宅地及びその地上の二階建の家屋を所有し(いずれも名義は持分各二分の一で亡父との共有)、右家屋の固定資産税(都市計画税を含む)として昭和五六年は一万六、八〇〇円、昭和五七年は一万七、六六〇円を支出したが、本件係争各年当時、右家屋の一階部分(三〇・〇七平方メートル)は事業用の倉庫として使用し、二階部分(二八・一〇平方メートル)は原告の母の居住用などとして使用していたことが認められ、乙第七号証の記載中右認定に反する部分は甲第七号証の記載に照らし措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、右家屋の固定資産税のうち二階部分に相当する約二分の一の支出分は家事上の経費ないし家事関連費(所得税法施行令九六条)であるが、その余の支出分は特別経費というべきであるから、昭和五六年分について八、四〇〇円、昭和五七年分について八、八三〇円を特別経費であると認めるのが相当である。

5  原告が本件係争各年当時アルバイトを雇用していたことを認めるに足る証拠はない。

6  以上によると、特別経費は、昭和五六年分は三一万〇、九五三円、昭和五七年分は三二万五、一〇二円となる。

五  原告の本件係争各年分の事業専従者控除額が別表2記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

六  以上によると、原告の事業所得金額は、昭和五六年分が五六四万六、九六五円、昭和五七年分が五三九万〇、六八二円となり、本件各処分はいずれも右金額の範囲内でなされたものであるから、原告の所得金額を過大に認定した違法はない。

第四  よつて、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 田中恭介 裁判官 和田康則)

別表1 係争各年分の課税の経過

〈省略〉

別表2

〈省略〉

別表3

〈省略〉

別表4の1

同業者の売上原価率及び一般経費率一覧表

(昭和56年分)

〈省略〉

別表4の2

同業者の売上原価率及び一般経費率一覧表

(昭和57年分)

〈省略〉

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